第五話
日本最強ドリームチーム(打者編)

次に全日本の時空を越えた野手の選択です。自然と4番王貞治を中心にオーダーを考えました。
彼の子供のころに見た絶対的ヒーローは王貞治だからです。あの美しいインパクトのホームランはいまだに他の追随を許さない。
「さて、今度は野手の番だな。バランスよくラインナップを考えよう。」

1番バッター1972年 福本 豊(25歳)
先ず全日本の1番バッターは入団3年目1972年度の福本で決まりでしょう。
”盗塁は目でするもの”を実践し106盗塁を奪った俊足選手を核弾頭として起用しよう。
”盗塁は目でするもの”
盗塁だけでなく、打撃も超一流であり、重いバットで鋭く振り切るバッティングは力勝負の投手には手ごわい打者であろう。塁に出たら2塁打と同じだと覚悟してもらおう。

2番バッター2004年 イチロー(31歳)
2004年月間安打50安打を3回達成しシーズン262安打の大リーグ記録をつくった彼を2番に置こう。
”世界の安打製造機”
冷静沈着でありながらチームを引っ張る牽引力のある彼は絶対はずせない。

3番バッター1978年 山本浩二(33歳)
30代になってからホームランを量産した遅咲きの33歳の彼をクリーンナップの一角に据えよう。
”読みの浩二”
抜群の集中力と鋭い洞察力に裏打ちされた打撃スタイルは劇的一打を呼ぶ。

4番バッター1973年 王 貞治(33歳)
世界を魅了するフラミンゴ打法、33歳の円熟期を迎え最高潮時代の彼を最強日本の4番に据えよう。当時の王選手は一本足でかまえていたときに既にホームランの軌道が見えていましたよね。
”世界のBIG1”
以前メジャーリーガーがなんでそんな小さな体でとてつもないホームランが打てるのだい?という質問に「打撃はパワーじゃない体重移動でその力をボールに伝えるんだ。」という話しが印象的でした。あの打法は芸術の粋に達していたと言わざるを得ない。国籍などは関係ない、彼は日本で育った王貞治BIG1である。.

5番バッター2005年 松井秀樹(31歳)
ヤンキースの中軸を任され3年連続100打点以上あげた勝負強さは最強日本には欠かせない。
Gozilla matsui
大リーグでの経験は大変貴重なもので特にムービングファストボールへの対応を克服しつつある彼の助言はこのチームには欠かせない。

6番バッター1985年 落合博満(32歳)
彼があみだした神主打法はピッチャーの投球動作に合わせてゆっくりとトップを作りバットの遠心力を最大限に利用してライトへのホームランが特徴でした。ボールを線で捕らえる打者と言う表現が適切かもしれません。”バットが長く見えた”のは私だけでしょうか。
神主打法
三冠王3回は大リーグでも例のない大記録で右の最強打者といって過言ではないでしょう。
問題は二塁守備であるが81〜82年の間二塁を守っており、本来グラブ捌きは巧く打撃を優先させた為守備は何度かコンバートされている。

7番バッター1985年 掛布雅之(30歳)
阪神タイガースの四番として阪神の日本一に大きく貢献した彼はファンが身近に感じられる親しみの持てるヒーローだった。
ミスタータイガース
腕でタイミングを取り腰をねじり、そのねじれを利用してボールに力を伝えていく打法はオンリーワンだろう。
本塁打王3回、打点王1回、ゴールドグラブ6回という華々しい経歴がある。

8番バッター1997年 松井稼頭央(22歳)

忍者.カズオ

9番バッター2003年 城島健司(27歳)
日本人捕手には珍しい、闘争心をむき出しにしたプレーをする「攻撃型」捕手。向こうっ気がつよく、先輩投手や監督、コーチと論争しながら(時には怒鳴られ、殴られながら)ここまでの名捕手に成長した。本塁打を量産するパワーと、座ったまま投げて盗塁を刺す、脅威の強肩が武器。
「攻撃型」捕手

supersub
スターティングメンバーと何の遜色もない豪華な控え選手が脇を固める。

1963年 長島茂雄(29歳)



1992年 古田敦也(27歳)


2005年 里崎智也(29歳)


1984年 篠塚利夫(27歳)


1989年 秋山幸二(27歳)


2004年 松中信彦(31歳)


2004年 多村 仁(27歳)


最強全日本先発メンバー           

打順 守備 選手 年代 打率 本塁打 打点 盗塁 (守備) ゴールデングラブ賞の獲得
1 8 福本 豊 1972 301 14 40 106 12年連続(1972〜1983年)
2 9 イチロー 2004 372 8 60 36 12年連続(1994〜2005年)NPB7年MLB5年
3 7 山本浩二 1978 323 44 112 12 10年連続(1972〜1981年)
4 3 王 貞治 1973 355 51 114 2 9年連続(1972〜1980年)
5 DH 松井秀樹 2005 305 23 116 2 3回(2000〜2002)
6 4 落合博満 1985 367 52 146 5 なし
7 5 掛布雅之 1985 300 40 108 3 6回1978・79・1981〜83・1985
8 6 松井稼頭央 1997 309 7 63 62 4回(1997・1998・2002・2003)
9 2 城島健司 2003 330 34 119 9 7年連続(1999〜2005年)
打順 守備 選手 年代 防御率 勝利数 勝率 奪三振 (守備) ゴールデングラブ賞の獲得
1 野茂英雄 1990 2.91 18 .692 287 なし

「ハルキの好きな選手1人選んでいいよ。」と父は言った。
「ムネリンを選んでね。」
「守備のいい選手を考えていたからちょうどいい。リストに入れさせてもらうよ。」
2005年 川崎宗則(24歳)


代表監督 1996年 仰木彬(61歳)


〜つづく〜

 

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守備陣形
野球は守りからと言うことをよく言われるがまさにその通りで一発勝負の試合では特に守りが優先される。そのため内外野ともバッティングだけでなく守備も巧い選手を選出しました。特に外野3選手の守備範囲は非常に広く外野の間を抜くのは難しいだろう。
ピッチャーを中心とした守りの野球がやはり基本で、この1試合だけのドリームマッチを勝ち抜こうと思っている。

とにかくチャンスに強かった。ここぞという時にファンの期待によく応えた。明るく天真爛漫な性格。とにかく”華”があった。
そんな彼をとっておきの代打としてリザーブに置こう。
1963年 .341 37HR 112打点

野村監督の指導のもと卓越したリードを手に入れチームを変えていく力があるインテリジェンスキャッチャー。巧みなキャッチングと正確な強肩で盗塁阻止率5割以上のシーズンを6回も数える盗塁が難しいキャッチャーであった。
打撃では1991年中日時代の落合を3毛の僅差で首位打者を獲得。
守備負担の大きい捕手という立場で3割以上8回は素晴らしいの一言に尽きる。
1992年.316 30HR 86打点

一歩目からトップスピード(30m3秒6)に入るという驚異の瞬発力まさに現代版忍者であった。最近の松井稼頭央は長打が魅力のスイッチヒッターというイメージが強いが彼が最も輝きを放っていたのはスピードスター時代の彼である。

メジャーリーグの名門ヤンキースに移籍して3年常にメジャーリーグチャンピオン
が義務付けられているチームに所属し、2006年度のシーズンに掛ける
意気込みは強く自身の成長とともに、チームへの貢献を考え毎試合出場し続ける精神力は最強日本にもかかせない。

2006年シアトルマリナーズに破格の契約金で入団大活躍が期待される。今後メジャーリーグに日本的ピッチングの組み立てが導入されるか興味がそそられる。

未だ規定打席に到達しないも千葉ロッテのアジア一に貢献。彼の強気のリードは短期決戦向き。バッティングも思い切りがよく想定外の一発がある。
バットが上から出るタイプで速球ピッチャーに対応しやすい。
今後期待のキャッチャー。
2005年 .303 10HR  52打点  

細身の体から生まれる正確なバットコントロールと芸術的な二塁守備は一級品。レフトへの流し打ちはイチローの原点のようだ。

1984年.334 12HR 66打点 
首位打者2回(1984、1987年) ゴールデングラブ賞4回

「鉄人リスト」と呼ばれた強靭なリストでライナー性の鋭い本塁打を連発し、完璧な守備と走塁でファンを魅了した。
三拍子揃った当時最もメジャーに近い男と言われた。
当然今になって考えればメジャーでもクリーンナップを打っていただろう。
1989年.301 31HR 99打点 31盗塁 

アマチュア時代より国際大会の経験は豊富で頼もしい。アトランタオリンピックでのキューバとの決勝で同点満塁ホームランは記憶に残る一打だった。
プロになってから金属バットから木製バットへ変更とプロの投手への対応に苦慮し伸び悩みの感があったが2000年よりレギュラーの座を勝ち取り現在では押しも押されぬNPBの4番である。

2004年.358 44HR 121打点(三冠王) ゴールデングラブ.04

秋山タイプのリストを効かせた長距離打者。和製大砲への成長を期待。
50m5.6秒の快足と遠投110mの強肩の持ち主。守備範囲の広さは一級品。素晴らしい身体能力を持ちながら怪我や病気がついて回るという。ネット上で”スペランカー”と呼ばれているらしい。
2004年.305 40HR 100打点

2004年は遊撃のレギュラーとして全133試合に出場し、盗塁王(42個)、最多安打(171安打)のタイトルに加え、自身初の打率3割にも到達(.303)し、パリーグを代表する打者に成長。
鹿児島のイチローとして注目されていた彼はやはり
イチロー張りのシュアなバッティングと好守好走塁でチームを引っ張る。気迫溢れるプレースタイルに反してジャニーズばりのルックスで女性ファンも多い。
2005年 .271 4HR 36打点  21盗塁

監督になってからも見られる発想の柔軟性、既成概念に捉われない性格と機転の速さが見て取れる。
野茂・イチロー・長谷川・吉井らのメジャーリーガーを育てたことで有名。個性を伸ばすアメリカ的指導方法。

監督は仰木彬個性派揃いのチームをまとめるのは彼しかいない。